昭和村はピーク時4,000人を数えた人口も今は、1,900人に減少し、過疎化がすすんでいる。しかも都会とはまったく別の時間が流れており、途中からの移住者としては少しでも早くユックリズムに慣れる必要がある。

 たとえば、外壁のペンキ塗りをたのんでも、東京ならリフォームの業者がパッときてやってくれるが、ここはのんびりしており、いつか行くよといって、またたく間に一年の時間が流れてしまう・・・それがあたりまえ、これがローカルタイムといえる。

 そして独特なモノトーンの統一観をもった集落の風景、このような集落は福島県内にもないと思う。

 昭和村は昔から「からむし織の里」といわれており、栽培は、中世の芦名氏(約600年前) からだといわれ、近世の上杉氏時代には栽培が確立した。雪の深いこの村において、からむしの栽培が麻とともに大切な換金作物であった。織は新潟に持っていって越後上布として普及していた時期がある。からむしは、麻の一種で麻よりもしなやかで、8月が刈り入れの時期である。
 それとこの地区の特産品として「カスミソウ」の栽培が全国でも有名である。この地区は温度差がはげしいので花の育成にあっていて、いい花が採れるとのこと。
 この村は昭和2年に合併してできた村で、昭和で始めての合併村だそうだが、いま新たな町村合併が叫ばれており、今後この村も平成の行革合併の波に巻き込まれていくのは、やむをえない状況といえる。





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