
大方の人間は、定年を迎えると同時に、身の置き所も無く、さりとて打ち込むべき趣味もない。各地の図書館がいわゆる熟年者に占拠されているという現状、何を趣味にしたらいいのかそれさえもわからない熟年者が多いということを耳にすると、吉岡さんの執念もさることながら、そのライフワークともいうべき五大島完漕を成し遂げさせてくれたご家族の愛情と理解には驚嘆させられる。
いくら“亭主の好きな赤烏帽子”とはいえ、土日・休日、ゴールデンウイークの連休、果ては夏休みの休暇のほとんど全てをそれに費やし、子供の相手はおろか“山の神”孝行、家族サービスまで犠牲にするとなると、一般の家庭においては、これはもう離婚もの、追放もの、デス バイ ギロチンものである。
「確かに、五大島完漕なんていっても、所詮サラリーマン稼業、1週間も2週間も連続した休みが取れるわけではありません。1日の漕行距離だってせいぜい7〜80キロ程度でしょう。土・日の2日を掛けても、腰越から千葉・九十九里当たりがいい所です。次はそこから北上といっても、その地点までは電車や汽車を利用してという尺取虫のような五大島巡りなのですから、23年も掛かってしまったというのもご理解いただけるでしょう。
これは先輩のカヌーマンからいわれたことなんですが、カヌーを続けたいのなら、まず女房にカヌーの楽しさを教え込めという一言があってのことなんです。」
このアドバイスをきっかけに、吉岡さんは積極的に奥様を誘い出した。奥様や子供たちを伴っての小さな航海は数知れないが、中でも、瀬戸内海の横断は思い出の航海だったという。
奥様は言う。
「ウチのお父さんは、もうカヌーばかりですからねぇ、それ以外は至って無趣味、新しい洋服を買ってあげても、いちいちおしゃれするのは面倒だっていう口でしょ。着る物だって、食べることだってカヌー以外にはほとんど興味が無いんですよ。でも、子供(男の子)や私を誘って、ずいぶん楽しませてくれているんです。それは嬉しいことですね」。
これは是非とも我らの教訓にすべきである。人生の第2ステージを楽しもうとするならば、奥方や家族共々楽しめる趣味を持ち、趣味を楽しみながら家族を慈しむ――これがどうやらポイントのようである。