ともかくこの御仁は凄いの一言に尽きる。シーカヤック(海上漕行用の小型カヌー)を操り、日本の五大島(本州・九州・四国・北海道・佐渡)9,600キロを、土・日と祝日、ゴールデンウイークと夏休みの休暇を利用して、完漕してしまったのである。それに費やした期間、約23年。日本一周を豪語するカヌーマンは多いが、五島を完周しての記録はここに紹介する吉岡嶺二氏一人である。1938年(昭和13年)生まれ、65歳。ますます意気軒昂である。
先輩カヌーマンからの一言が
私のカヌー人生を開いてくれた
 吉岡さんがカヌーの魅力に取りつかれたのは学生時代にまで遡る。ご自宅が江ノ島に近い腰越に有ったことから、シーカヤックを楽しむロケーションには恵まれていた。
 大手印刷会社を50歳のときに退社。その後、関連企業に13年、シーカヤックによる日本一周を志したのは印刷会社に在籍していた1979年11月、自宅近くの腰越海岸からの出発だったという。以後、23年、昨年(2002年)9月に北海道の稚内・知床を漕破して、『日本五大島完漕』の偉業を成し遂げたのである。
 この五大島完漕の記録は目下執筆中の一冊を含め、6冊の本にまとめられているので、その奮戦奮闘のお話は省くが、私たち熟年者にとって、一番の興味はどうして吉岡さんはこれほどまでに自分の趣味を貫き通せたのかという点である。

 大方の人間は、定年を迎えると同時に、身の置き所も無く、さりとて打ち込むべき趣味もない。各地の図書館がいわゆる熟年者に占拠されているという現状、何を趣味にしたらいいのかそれさえもわからない熟年者が多いということを耳にすると、吉岡さんの執念もさることながら、そのライフワークともいうべき五大島完漕を成し遂げさせてくれたご家族の愛情と理解には驚嘆させられる。
 いくら“亭主の好きな赤烏帽子”とはいえ、土日・休日、ゴールデンウイークの連休、果ては夏休みの休暇のほとんど全てをそれに費やし、子供の相手はおろか“山の神”孝行、家族サービスまで犠牲にするとなると、一般の家庭においては、これはもう離婚もの、追放もの、デス バイ ギロチンものである。
「確かに、五大島完漕なんていっても、所詮サラリーマン稼業、1週間も2週間も連続した休みが取れるわけではありません。1日の漕行距離だってせいぜい7〜80キロ程度でしょう。土・日の2日を掛けても、腰越から千葉・九十九里当たりがいい所です。次はそこから北上といっても、その地点までは電車や汽車を利用してという尺取虫のような五大島巡りなのですから、23年も掛かってしまったというのもご理解いただけるでしょう。
 これは先輩のカヌーマンからいわれたことなんですが、カヌーを続けたいのなら、まず女房にカヌーの楽しさを教え込めという一言があってのことなんです。」
 このアドバイスをきっかけに、吉岡さんは積極的に奥様を誘い出した。奥様や子供たちを伴っての小さな航海は数知れないが、中でも、瀬戸内海の横断は思い出の航海だったという。
 奥様は言う。
「ウチのお父さんは、もうカヌーばかりですからねぇ、それ以外は至って無趣味、新しい洋服を買ってあげても、いちいちおしゃれするのは面倒だっていう口でしょ。着る物だって、食べることだってカヌー以外にはほとんど興味が無いんですよ。でも、子供(男の子)や私を誘って、ずいぶん楽しませてくれているんです。それは嬉しいことですね」。
 これは是非とも我らの教訓にすべきである。人生の第2ステージを楽しもうとするならば、奥方や家族共々楽しめる趣味を持ち、趣味を楽しみながら家族を慈しむ――これがどうやらポイントのようである。





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