建築中の家
田中さんが合掌造りの家を作るに至った経緯は以下のようです。 東京では上野に近い鶯谷で小さな旅館を父親と二人でやっていた。その父親も昭和60年に亡くなってし まい、なんとなくさびしい思いをしている時、借地の契約更新の時期がきた。ところが地主は土地を明 け渡せという。昭和62年の35歳の頃だったと言います。
長い話し合いの結果、バブル時代のお陰で億単位の莫大な金が入った。母親は居ず、一人身だったので、 その金利で3〜4年はゆっくり暮らして、どこかにきちんとした家を建てようと、平成元年に足立区の ほうに移り住み、スポーツジムなどに通って、のんびりとしていた。そのうちにバブルは弾けたが、事業 をやっているわけでもないので、生活にも精神的にも余裕はあった。
ある日、飲み友だちの大工の棟梁から富山県五箇山の合掌造りの部材がある、それで家を建てないかと いう話があった。あまり乗り気ではなかったが、部材が置いてある御殿場まで見に行った。それが運の 尽きで、なんとなく乗せられたようになり、土地はというと、友人の奥さんが八郷町出身で、これもな んとなく世話をしてもらうことになった、と言います。
当初、部材の値段を含めて5000万円くらいですむだろうと考えていた。まず1000坪の農地を手に入 れ、宅地造成をし、2年がかりで完成させた(平成8年)。部材は1軒と半分使った。建坪は80坪。結 局、いろんなところを現代風にしたりして1億円もかかってしまった、と田中さんは笑っていました。
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